日経に伴走が!
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10月22日(木曜)
東京の小平市にある「津田塾大学」の公開講座【「総合2009」境に立つ】
に視覚障がい者マラソンと伴走者を紹介する講座をご提供いただきました。
受講者は津田塾大学の1年生が主体で、一般の聴講のかたも20名ほどいらっしゃったでしょうか?
総勢で250名ほどの講座になりました。
持参したパソコンがプロジェクターとの相性が良くなかったせいか?、うまく立ち上
がらずに結局大学のパソコンをお借りする事になり、皆さまにご迷惑を掛けました。
講座はまず2008年東京マラソンで私が伴走者として走ったビデオを5分間映写。
大会での伴走はどんなことに注意しているかを知ってもらった後、見え方の違い、視覚障害を持っている人のスポーツ、
伴走に関しての考え方などなど、1時間半にわたって皆さまの真剣な眼差しを感じる事ができました。
【写真1】公開講座の会場で階段席に座っている学生さんを写した写真
【写真2】公開講座で壇上で話す筆者の写真
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9月27日(日曜)
に東京都調布市の味の素スタジアムで開催される「ウォーク&ランフェスタ2009」の幹事会に出席してきました。
午前中はNSVAのウォーキング指導者研修会。
早めに切り上げて12時から「ウォーク&ラン」部門のスタッフ会議。
実行委員長と事務局長、実戦部隊の若いスタッフを交えての具体的な打ち合わせを行いました。
14時からは約30名ほどのスタッフを交えての幹事会。
活発な意見交換などさすがの皆さんです。
ウォーク&ランフェスタ2009のご紹介映像(音声付)です。
良かったらクリックして下さい♪
http://mooom.jp/alltamura/movies/movie/98GEjotlI&autoplay=1/popup
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9月27日(日曜)
に東京都調布市の味の素スタジアムで開催される「ウォーク&ランフェスタ2009 ~難病と取り組む仲間たちとともに 響け!
1万人の鼓動~」の紹介動画ができましたのでご紹介します。
当日は筆者も実行委員として参加の予定です。
ウォーク&ランフェスタ2009のご紹介映像(音声付)です。
良かったらクリックして下さい♪
http://mooom.jp/alltamura/movies/movie/98GEjotlI&autoplay=1/popup
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会場は墨田区・区役所のリバーサイドギャラリー。
午前中の代々木公園・東京視覚障害者ランニングクラブの練習会を終わってから見学です。
区役所なので、日曜は休館かと思ったのですが、ギャラリーは通常通りオープンしていました。
区役所に到着するとショーウインドのようなガラス張りの中に10数点の写真が飾ってありました。
これが写真展???? と、ちょっと拍子抜けしたのですが、そばで自転車を掃除していた地元の奥さまに、
今日は日曜なので開館しているか判らないが、入口は右側に回り込んだところにあるよ!
と教えていただいて区役所の入口に向かうとチャンと自動ドアが開いて「墨田区区役所です」と音声案内もしっかり聞こえました。
会場に到着すると案内の女性が「どうぞ!」と、丁重に会場に案内してくださいました。
今日参加したのは視覚障がい者ランナー2名、伴走者3名の合計5名です。
入口の受付には車いすのかたを含めて、何らかの障害を持っていると思われるスタッフが数名、 受付の業務を担当されていました。
写真展は70点以上の写真が飾ってあり、ほとんどが日本のトップパラリピイアンの競技写真で、 迫力ある写真は撮影した越智カメラマンの力作です。
実は越智さんとは昨年の北京パラリンピックの直前に菅平で行われた日本盲人マラソン協会の強化合宿でお会いした事があり、 そのご縁で写真展のご案内を頂戴したのでした。
写真はパラリンピックだけでなく、フェスピック、大分車いすマラソンなども含まれていましたが、
どの写真を見ても、その迫力はアスリートの飾らない極限を写しこんでいる、感動できる写真ばかりでした。
会場には競技用車いす(マラソン、テニス、バスケットボール)が置いてあり、
実際に座ったりして体験できます。
他には義足の展示もあり、これも体験できます。
私たちは写真を細かく説明していたら時間が無くなり、車いすの体験コーナーに移動して、 視覚障がい者のかたに競技用の車いすを触ってもらい、マラソンようの車いすの座席の狭さなど、ハンドルの様子、 軽さなどないろいろ体験していただけました。
他のテニス用・バスケット用の車いすはまた違った雰囲気で、
触ってみて初めて知った事も多かったようです。
【写真1】パラリンピック写真展のパンフレット画像
(墨田区のオフィシャルサイトにリンクしています)
【写真2】会場風景(車いすの説明係と車いす展示、
義足展示の先には写真展の写真が壁に展示されています)<マラソン用、テニス用、
バスケット用が各2台展示されていて試用も可能です>
【写真3】
車いす展示コーナーでバスケット用の車いすを触る同行の視覚障がい者
【写真4】義足展示コーナーに展示してある義足の数々
(6点ほどが展示されていて、なぜか手ぬぐいも展示されています。きっと装着する時の摩擦などの防止用かな? リアルです)
写真展は8月23日まで。
23日はパラリピアンズのトークショウもあります。
10時から:成田真由美さん(水泳)
13時から:京谷和幸さん(車いすバスケット)
14時から:土田和歌子さん(車いすレース・車いすマラソン)
詳細は上の写真から墨田区の公式ページをご覧ください。
音声のかたなどでアクセスしにくい方はご連絡ください。
出来るだけフォローさせていただきます。
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8月9日(日曜)
久しぶりに近所の多摩川サイクリングロードをジョグしました。
最近、大臀筋を痛めて、少し良くなって速く走るとまた悪くなるの繰り返しです。
自分で走る時には超スロージョグなので問題ないのですが、新しい伴走者を指導しながら走る時には、
どうしてもスピードを合わせなくてはならないし、前の組を見たり、後ろの組を見たりするので、どうしてもダッシュが必要になります。
2日の日曜も初めての伴走者が2組いたので、
その両方をフォローしながらでしっかり元の痛みに戻ってしまいました。
現在も湿布を貼ってのリハビリ中!
【写真上】多摩川河川
敷で少年野球のチームが3組試合をしています。
【写真下】ヒマワリが咲く多摩川河川敷のジョギングコース
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平成21年8月2日(日)に代々木公園で日本盲人マラソン協会の定例練習会が行われました。
雨模様でしたが、通常の開催場所の道路を挟んで反対側の林の中で、雨宿りしながらの開催。
大会がいくつか重なっていて伴走者の人数が心配でしたが、 事前にメーリングリストなどで呼びかけたりした成果でしょうか? 予想を上回る参加者で、初参加のかたも視覚障がい者が2名、 伴走者が2名の参加でした。
秋の大会シーズンを前に大会の紹介がいくつかあり、研修会の募集なども伝えられました。
初めての伴走者参加者のお一人は先月に初参加した女性から進められて参加したとのことで、 なかなか伴走のセンスがよかったです。
【写真説明】 代々木公園練習会風景(アンプの前で大会情報を説明する事務局長と当日のスタッフ。 前には参加者が50名ほどいる。雨模様のため通常の開催場所の反対にある林の中で薄暗い)
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平成21年9月27日(日)に東京都調布市の「味の素スタジアム」で行われる「ナンフェス(ウォーク&ランフェスタ)」
は特定疾患・難病と取り組んでいる人たちとみんな一緒に楽しく遊べたら、
という思いではじまりました。
難病の方も、子どもも、お年寄りも、どなたでも気軽に参加できるプログラムを用意しています。
面白そうなプログラムにチャレンジしながら、たくさんの仲間と楽しい時間を過ごしていると爽やかな風が心を吹き抜けます。
さあ、はじめましょう。あなたの一歩を。
(以上は大会オフィシャルサイトより引用)
ランニング教室、ウォーキング教室、伴走教室なども開催されます。
楽末師匠と走ろう、君原さんと走ろうなど多彩なイベントが企画されています。
大会会長は君原健二さん
大会副会長は宇佐美彰朗さん
安倍 晋三(元首相)も選考委員の一人として参加します。
130ある特定疾患(難病)の中には普段接している視覚障がい者のかたの「網膜色素変性症」・ 「加齢黄班変性」なども含まれていて、編集者も実行委員の一員として参加します。
ウォーク&ランフェスタ実行委員会事務局
〒169-0073 東京都新宿区百人町3-22-1 社保中央
NPO法人 日本炎症性腸疾患協会(CCFJ)内
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平成21年7月5日(日)に町田市立野津田公園陸上競技場で行われた 「第14回関東身体障害者陸上競技選手権大会」で日本盲人マラソン協会会員(伴走メーリングリスト) メンバーの2名が5000メートルで日本記録を大きく更新しました。
このことはすでに投稿済みですが「日本身体障害者陸上競技連盟」 のサイトに正式に日本記録として発表されました。
5000m:B2(堀越信司選手)15’51”29(日本新記録)
5000m:B3(岡村正広選手)15’43”75(日本新記録)
【写真】「第14回関東身体障害者陸上競技選手権大会」 の記録発表PDF画像の一部
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2009年12月13日(日曜)に東京の国立競技場で開催される
「第27回 JBMA神宮外苑ロードレース」の申し込みがランネットで開始され、主催の日本盲人マラソン協会のサイトにも詳細が掲載された。
今年も10キロロードレースが下記の2レース
第1レース 申告タイム100分以内 9:40スタート
第2レース 申告タイム60分以内 11:00スタート
ウォーキングは5キロの1種のみ
トラックで行われる3000メートルは下記の3種目
第1レース 申告タイム20分以内 12:00スタート
第2レース 申告タイム15分以内 12:30スタート
第3レース 申告タイム12分以内 12:50スタート
申込はランネットと郵便振替など各種の方法がある。
詳細は大会のページを参照してください。
【写真】第27回 JBMA神宮外苑ロードレースのパンフレット表紙写真
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2009年7月18日(土曜)~20日(月曜)に毎年行われる「東京視覚障害者ランニングクラブ」の「つくば」 合宿に参加してきました。
この合宿は20年ほど前から毎年行われていますが、 最近は開催地を茨城県のつくば市に固定して行われています。
18日は到着後に宇佐美彰朗氏のランニング指導。
会場はいつもの「洞峰公園」だが、いつも利用しているサッカー場が占有使用されているために、公園内の別の場所で行いました。
メニューはインターバル。
相手の視覚障がい者ランナーは東京マラソンも一緒に走った女性ランナー。
一周1050メートルのペースを7分に設定してほしいとの依頼で、200メートルを予定のペース走、
次の200メートルをリカバリーで走ったら、なんと予定の7分が6分25秒ほど。
実業団とか大学の選手ならとんでもないペース配分だろうが、我々は素人なのでこれでもOK!!
翌日は午前中は同じく洞峰公園で練習だが、伴走者が2人の視覚障がい者と一緒に走る。
午後は毎年の「つくば技術大学」で行う体力測定。
文部科学省の設定した体力測定の項目を行うので、視覚障がい者と晴眼者の比較が可能ということで毎年大学のほうに協力する形で行っている。
測定項目は
1)上体起こし
2)長座体前屈
3)立ち幅とび
4)握力
5)反復横とび
6)20m シャトルラン( 往復持久走)
などですが、視覚障がい者の場合最後の2つが問題で、シャトルランは伴走者が補助して走るのですが、
ターンの微妙なタイミングなどが問題となります。
反復横飛びはやはり伴走者が補助して行いますが、左右と中央のラインの微妙な感触はなかなか難しいようです。
参考に伴
走者がついておこなっている反復横とびの画像を載せましょう。
【写真左】
伴走者がついて行っている反復横とびの写真(1)
【写真右】
伴走者がついて行っている反復横とびの写真(2)
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2009年7月11日(土曜)
いつものNSVA
「ウォーキング指導者養成教室」
でした。
当日は受講者が少なかったので、指導担当以外の指導者同士で勉強会を行った。
たまたま実技の勉強会で筆者が講師役を務めることになり、 視覚障がい者のかたにウォーキングを教える難しさと、 先日の代々木公園で見た伴走者の足の開きと故障について説明したことなどを実例を入れて話した。
その後は教室に戻って「お絵かき!!」(笑)
ウォーキング教室の時に足のポイントを説明したりするために足の絵を描くことが多い。
その際にまごつかないように足の絵を描く練習です。
足の絵といっても「足の裏」 「足の甲」「横から見た足」「正面から見た足」「ハイヒールを履いた足」「階段を上り下りする足」「一本線歩行を説明する足跡」 ・・・・
などなどいろいろあるのです。
【写真】足の絵を描く練習中の指導者のみなさん! (ホワイトボードにそれぞれ足裏と正面から見た足を描いている指導者)
午後は11月に千代田区から委託されている「ウォーキング大会」 のコース作りに行き5キロほど歩いてきました。
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いまさら萩のネタでもないのですが、走り方・歩き方の基本について。
250キロの間に意識して走ったり歩いたりしたら結果がどうなるかということだった。
今回意識した事は
1、なるべく足を使わない
2、着地はフラット着地(土踏まずの後ろを意識する)
3、一本線走行を心がける
この3つが主なポイントである。
前回の投稿で3つの注意点を説明したが、その結果は!!
1、
大腿四頭筋の筋肉痛が帰宅後の翌日には消えていた。(いつもは1週間近くは階段を降りるときに苦労しているのだが)
(足を使わない走りに徹したことが影響しているのだろう)
2、
いつもは最低数本の爪を剥がしているのだが、今年は被害がゼロ!
(足を使わない走りに徹したことが影響しているのだろう)
3、
右足のくるぶしを蹴って血だらけになる現象。
終わってみれば、右のくるぶしを蹴った記憶が無い! もちろん、被害ゼロ!
(一本線走行と、足を真っすぐ出すことが良かった)
終わってみれば良かったことだらけのようだが、変わらなかったことも多い。
レース後の足の浮腫みは変わらず、
戻るまでに一か月ほどかかった。
足が靴下と擦れて足首から下の皮が剥けてしまうが、これはほとんど変わらない。
レースの結果は46時間09分で良くないが、これでも過去6番目の記録で、ほとんど練習していないことを考えれば上出来!
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いまさら萩のネタでもないのですが、走り方・歩き方の基本について。
250キロの間に意識して走ったり歩いたりしたら結果がどうなるかということだった。
今回意識した事は
1、なるべく足を使わない
2、着地はフラット着地(土踏まずの後ろを意識する)
3、一本線走行を心がける
この3つが主なポイントである。
●一つ目:足を使わないでどうやって250キロを走り・歩き通すのか?
もちろん、使わないで走れるわけはない! が、なるべく足を使わないように走るに利用することは「重力」 である。
ボールを転がすと、コロコロと転がっていく!
これと同じことが走ることにつながる・・・
何かと言うと、重心の移動であり、ボールが転がるように走る・歩くは前傾姿勢が重要である。
ウルトラ走り! と言われる走りがある。
上下動の少ないフラット走法、手の振りはどちらかというと左右に肩を張って走る。足は少しガニ股風(左右に足先が開いている)
しかし、この走りでは完全に足を使って走らなくてはならない。
●二つ目:フラット着地はショックを少なくすると同時に、 着地した瞬間に重心が足に乗っているため、その瞬間から推進力になる。
よく言われる踵着地は進行方向に対してはつっかえ棒の作用で進むことの妨げになる。
歩幅を少し短くすることにより、土踏まずの後ろ側で着地する感覚になり、前傾姿勢の助けにもなる。
●三つめ:一本線走行
以前から私の走りは左足を巻くような癖があるようで、超ウルトラになると右足の踝を左足の踵で蹴る時があり、
そのうちに皮膚が破けて血が出てくる。
何よりも蹴った瞬間には悲鳴が出るような痛みがあり、本当に悲鳴を上げることも度々!!
一本線走行と同時に足を真っすぐに出す、着地することを心がけた!!
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いまさら萩のネタでもないのですが、走り方・歩き方の基本について。
昨年の3月から日本スポーツボランティア・アソシエーションの「ウォーキング指導者研修会」
受講し、 指導者コースを修了。
教えてくださったのはオリンピックのマラソンでメキシコ・ミュンヘン・モントリオールと3大会連続出場の「宇佐美彰朗」氏。
ということで、昨年の秋にウォーキング指導者として有資格者となり、教えることを許されたわけだ。
今年の萩往還の一つのテーマが、
このウォーキング指導者としていつも教えていることを250キロの間に意識して走ったり歩いたりしたら結果がどうなるかということだった。
ウォーキングは走る前の準備段階! 的な考えではない。
ウォーキング→ジョギング→ランニング を通過したら何が目的になるかというと、
実は「ウォーキング」
なのである。
この3つには境目が無い、つながっているのである!!
ということで、 今年の萩往還をテーマにそって走ったり・歩いた結果は!!
結果はこの写真が物語っている!
写真上(2004年)
ほとんどの足の爪は内出血で浮き上がっている。
すでに死んで剥がれかけている爪もある。
足の裏は肉刺ができてバンドエイドでケアーしてある指も数本。
写真は矢印で状況を説明している(爪の内出血=5か所、水ぶくれ=2か所、爪が浮いている=2か所、内出血=1か所)
写真下(2009年)
毎年の事のように浮腫んではいるが、爪のダメージは一本も無い。
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2009年12月19日に福岡県で開催を予定している「伴走者育成研修会」 の担当者とお会いすることができました。
2年越しの開催予定が実現しそうです!!
本日お会いした担当者ご本人の熱意が伝わってきます!!
伴走者を増やすことだけでなく、なかなかスポーツをする機会の少ないかたに、少しでも風を感じてほしい!
歩きませんか! 体を動かしませんか!
こんなことが伝わる研修会にしたいです。
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萩往還マラニックを走り終わって、完踏記でご紹介できなかった写真などを掲載します。
5月2日
いよいよスタートです。
瑠璃光寺ン境内を出ると一般道、ここには太鼓をたたいて選手の皆さんを応援するボランティアさんがいました。
太鼓に送られて250キロの旅に出発です。
【写真1】 瑠璃光寺参道で太鼓をたたいて応援!
(赤いハッピを着た人が10人ほど太鼓をたたいて応援しています。選手はその前を走っていきます)
スタート地点(写真提供:うーさん@鉄竜さん)
5月3日
【写真2】川尻岬のエイドに到着した筆者たち
(途中で合流した東京の方と3名で川尻岬のエイドに到着。後ろは急激な下り坂、帰りはこれを登り返します)
約107キロ(写真提供:うーさん@鉄竜さん)

【写真3】千畳敷に向かって登り始める筆者(川尻漁港=立石観音 付近にて)
後ろに漁港のテトラポッドが写っているが、護岸で海は見えません。ここからが地獄の上り坂に入ります(冷汗)
約117キロ
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萩往還マラニックを走り終わって、完踏記でご紹介できなかった写真などを掲載します。
5月2日
この日は午後3時から説明会。
説明会の後はみなさん急いでスタートの準備です。
筆者は4時半ごろにはスタート地点の瑠璃光寺に到着していました。
【写真1】 午後3時から行われた説明会を終わって会場の前でUMML(ウルトラマラソンメーリングリスト)
の仲間と写す。 (総勢15名ほどでしょうか?UMMLの旗を持って記念写真です。
【写真2】荷物を預けてスタート地点に向かう途中(瑠璃光寺境内)で、大会旗の前で写す(写真提供:うーさん@鉄竜さん)

【写真3】スタート風景(筆者がアップで、左手を上げて観客に挨拶している姿が写っています)
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萩往還マラニックを走り終わって、完踏記でご紹介できなかった写真などを掲載します。
5月1日
【写真1】瑠璃光寺の受付から、今年は松籟亭(しょうらいてい)になりました(瓦葺の東屋の正面に大会の横断幕がはってあり、
その中で受け付けです。
【写真2】前日のウルトラセミナーの写真(ホワイトボードを背に大会実行委員会代表の木原さんが挨拶している。
【写真3】何時も泊まっている「惣野旅館(そうのりょかん)」玄関前の写真。
【写真4】スタート直後に横断する「一の坂川」の風景(惣野旅館の前を流れている)、ホタルの自生地として有名、
川は幅10メートルほどだが、川面には草などを保護していて、護岸にはツツジが植わっている。桜の時期にはきれいだろう!!



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萩往還マラニックを走り終わってから、毎年のように足首が異常に浮腫んで、体重計式の体脂肪率が通常時の半分以下まで下がってします。
今年はそれを真面目に測定してみました。
【画像】体重と体脂肪率のグラフ(5月26日までのグラフが描かれています)(クリックすると大きな画像が見えます)
今日(5月26日)のデータは 体重59.6キログラム、体脂肪率12.5パーセントでした。
だいぶ通常に戻りつつありますが、まだ14パーセント台には戻りません。
6月にならないと無理のようです。
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萩往還マラニックを走り終わってから、毎年のように足首が異常に浮腫んで、体重計式の体脂肪率が通常時の半分以下まで下がってします。
今年はそれを真面目に測定してみました。
今日(5月23日)のデータは 体重59.7キログラム、体脂肪率11.1パーセントでした。
今日はウォーキング指導者研修の教室でこの事を報告してきました。
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萩往還マラニックを走り終わってから、毎年のように足首が異常に浮腫んで、体重計式の体脂肪率が通常時の半分以下まで下がってします。
今年はそれを真面目に測定してみました。
【グラフの説明】
表のタイトル「萩往還直後の体重/体脂肪率」
グラフは左に体重、右に体脂肪率の二軸グラフ。
大会前=には体重:60.0キロ・体脂肪率:14・0パーセント(出発前)
終了後=体重:61.0キロ・体脂肪率:9・5パーセント(帰宅時の5月5日)
その後徐々に体脂肪率が下がり、9日には体重:62.9キロ・体脂肪率6.2パーセントに下がる。
(7日には最低5パーセントまで下がる)
10日からは徐々に体脂肪率も上がってきて、21日現在は体重:59.2キロ・体脂肪率11.3パーセントまで戻ってきた。
体脂肪率が異常に低い時期は体重も増えている。
これはもっぱら足の浮腫みではないかと思う。
この体脂肪率は体重計式の電気抵抗で測定する体脂肪計での測定値。
試合直後は異常な足のむくみで、正確な体脂肪率は測定できない。
この事をご了解ください。
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月4日(月曜)
2年ぶりに完踏させてもらった。
完踏証も雨にぬれて文字がにじんでいます。
【写真1】完踏証の画像(46時間9分17秒の文字があります、順位は記入されていません)
長い時間(足かけ3日走ったり・歩いたりした成果です。
今回の参加賞はこんなものをいただきました。
【写真2】参加賞の一部の写真
(ナンバーカード(前後二枚)、チェックシート、名前入り反射板、LEDの点滅ライト)
【写真3】参加賞のTシャツ
(紺色で前側に瑠璃光寺の五重塔の筆書きイラストが描かれています。その右側に「山口を」の筆字が大きく書かれています)
【写真4】完踏賞の往還道一里塚レプリカの表(萩往還の透かし文字と、「山口100萩往還マラニック」の大会名と「完踏賞」
の文字があります)
(裏側には今年初めて大会名が記載されました「第21回大会・平成21年5月4日・完踏」と書かれています)

【写真5】コース
図の写真(萩往還の筆字と萩市内と思われる写真が表紙の下部に印刷されています。
【写真6】大会プログラムです(緑の表紙にコース図と同じ「萩往還」の筆字があります)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月4日(月曜)
●明木市(225.9キロ)10時50分到着<東光寺チェックポイントからの区間スピード=11分43秒/キロ>
明木市
(アキララギイチ)の伝言板には先ほどすれ違った「あさひ」さんの伝言がありました。
「クニさん、ゴールまでに再会する事を楽しみにしています(あさひ)」と書かれていました。
【写真1】「あさひさん」の書き込みのある伝言板、私も「会えました」と赤い文字で書き込む。隣には私もメンバーであるUMML (ウルトラマラソンメーリングリストの書き込みも見える)
私も「会えました」と追加の書き込みをしてエイドのお菓子をいただく。
ここのエイドは歩け歩けの組にはお弁当が出るが、マラニックの部の選手にはお弁当は出ません。
しょうが無いから前の酒屋さんで缶ビールを買って飲んでいたら酒屋の奥さんが「さっき子供がお金を間違えて取ってしまった!」
と余分に払ったお金を持って返しにきてくださいました。
缶ビールを飲んでいたら向こうからビブスを着たコンビが走ってくる。
東京の視覚障がい者ランナーWさんと伴走者のAさんのコンビです。
【写真2】伴走者さんと一緒に走ってくるランナー(ビブスには「視覚障害」と「伴走」の文字が。
Wさん、Aさんと共に記念写真などを写してさらに往還道を進みます。
明木市を過ぎるといよいよ「一升谷」
と言う往還道の石畳の遺構が延々と3キロも続く急な上り坂になる。
ここも下ってくる他の部門の選手たちが声援を送ってくれる場所ですが、声援があっても苦しさは紛らわせることができず、
息を切らせながらひたする急坂を登ります。
やっと一升谷の10合目に到着。 ここには萩往還道の一里塚に「十合目」の表示があります。
【写真3】十合目(一升)と書かれた木製の一里塚(標高三四六米)と書かれています。
今度は急坂を下ります。
やがて田んぼの畦道を通ったりの和やかな往還道になりますが、この付近では苦しくて! まだ佐々並に着かないかな?
と待ち遠しいところでもあります。
やっと佐々並
(ササナミ)の街並みが見えてきました。
舗装道路にでて少し行くと佐々並のエイドです。
ここには美味しいお豆腐があるので有名、今年もまだありましたので早速いただきます。
●佐々並エイド
(235.6キロ)13時20分到着<明木エイドからの区間スピード=16分18秒/キロ>
(明木でチョットさぼったので少し区間スピードが落ちてます)
【写真4】佐々並エイドのテント前で筆者の記念写真
(ブルーのテントの中にテーブルがあり、佐々並豆腐やレモンの蜂蜜漬けなどが美味しい。
筆者はスタート以来はいているとングタイツと萩市内で着替えた半袖のUMMLのTシャツ、日よけ付きの帽子にデイパック)
さあ、最後の往還道の難関に向かってスタート!!
ゴールの瑠璃光寺(ルリコウジ)まで残りは14.4キロ(3時間ほどかかります)です。
まず国道に出てひたすら上り坂。
旧道に入ったり、国道に出たりの繰り返しで、いい加減に飽きたところで急坂を下って旧道に入る。
ここは「首切れ地蔵」
のお地蔵さんが3体祭ってあるところです。
【写真5】首切れ地蔵の3体の写真(左のお地蔵さんは赤い着物を着て、右の2体は赤いよだれかけのようなものを付けています。 右には説明板が見えます)
ここからしばらく水平な旧道を走ると再度国道に出る。
ここから板堂峠までは単調な上り坂が4・5キロ続きます。
ただひたすら登るだけ!
途中に今年も草もちのエイドがありました。
草もちはちょっと重たいのでお茶だけご馳走になってさらに登ります。
やっと萩往還の最高所・板堂峠(イタドウトウゲ)=標高545メートルです。
これで上り坂は無くなりました。
でも、本当にいやっと言うほどの登り坂・下り坂に悩まされました(間違い・楽しみました!!)
最後の往還道を楽しみながら下りますが、この頃から雨がパラついてきました。
石畳で転ばないよう慎重に下ると、下から初日にお世話になった「西寺エイド」のリーダーAさんがご夫妻で上ってきます。
話をしようと立ち止まると前につんのめってしまい、Aさんの手を借りて道端の柵につかまってしばらくお話します。
70キロに出ていたが萩で止めちゃったそうで、
明木の手前ですごいスピードで走っているAさんとすれ違ったので完踏間違いないと思っていたんですが、残念です。
同じところでAさんのお嬢さんともすれ違ってエールの交換をしました。
やがて天花畑(テンゲハタ)です、東屋では今年もオカリナを演奏して選手の帰りを祝福して下さる人がいました。
「いつもありがとうございます!」とお礼を告げてさらに激しくなった往還道の石畳を下ります。
やっと石畳が終わったところで記念写真です。
【写真6】往還道の石畳が終わったところで記念写真(後ろには下ってきた石畳が雨にぬれて見えています)
今度は舗装道路を下りながら瑠璃光寺に向かいますが、
この3,8キロが長い!途中で何人かを抜いたり、先に行ってもらったりしながらやっと山門を通りゴールです。
46時間10分ほど!!、今年は転ばないですみました(苦笑)
●瑠璃光寺 (250.0キロ)16時10分ごろ到着<佐々並エイドからの区間スピード=11分48秒/キロ>
【写真7】ゴールする筆者(両手を左右に広げて万歳のような格好をしていますが、やっぱり左に傾いて250キロの疲労が感じられます。 (河童を着たスタッフがゴールテープを持っています。後ろには河童を着た選手が見え、 その後ろには雲がかかった瑠璃光寺の五重塔がかすんで見えています《写真提供:うーさん@鉄竜さん》
(使わせていただいた他の選手の写真はナンバー部分を判別できないように消してあります)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月4日(月曜)
●虎ヶ崎チェックポイント(207.1キロ)6時49分到着<玉江駅エイドからの区間スピード=10分55秒/キロ>
ここを折り返すといよいよスタート地点の山口市・瑠璃光寺
(るりこうじ)に向かって戻ることになる。
帰路はこれから笠山に向かう選手に「行ってらっしゃい!!」と声をかける。
往路は「お帰りなさい!」と声を掛けていたのだが、この違いは大きい。
チョットだけ優越感を味わいつつ最後のちぇっこポイント「東光時(とうこうじ)」
へ向かう。
知り合いとも時々すれ違う。
そのうちに昨年の骨折時に痛み止めをくれたり、一緒に走ってくれたり、大恩人の九州から参加のH先生とすれちがっ他ので思わず記念写真。
【写真】昨年の世話になったH先生の写真(まだまだ元気でマイペースの様子・歩道には色とりどりのツツジが咲き誇っている(赤・ピンク・
白など)
東光寺への分岐で道路の反対側をセミナー講師のKさんが元気に走ってきた。
どうも宗頭で4時の関門まで寝ていたという事。
それからの追い上げがすごい。
いよいよ最後のチェックポイント「東光寺」 に到着。
●東光寺チェックポイント(215.3キロ)8時40分到着<虎ヶ崎チェックポイントからの区間スピード=13分32秒/キロ (食事時間を含む)>
しっかりパンチを押してこれでチェックポイントはお終い!!
あとは往還道の難所が待っているが、なんとなく気が楽になる。
残りの35キロに向かって気を取り直してスタートする。
【写真】東光寺の総門前で最後のパンチを押してから記念写真(ブルーの長そでシャツ、いつものロングタイツ(スタートから同じ)、
後ろに日よけのある帽子)、足元にはUターンの石灰が引いてあり、東光寺のチェック用立て看板が見え、他の選手がパンチを押している後姿)
松陰大橋の急坂を登り・下ったところにバイパスが出来ている。
一昨年はこのバイパスを通ったのだが、
今年は警察からの指導で許可道路以外の通行が厳しくなっているのでガードマンの誘導の通り萩警察前の道路を進む。
日が上ってとても熱くなったのでショッピングセンターに飛び込んでトイレで半そでに着替える。
いよいよ萩駅前を通過するが、今年も萩焼祭りとかで非常に混雑している。
この頃から向こう側からDの35キロ、Cの70キロ、Bの140キロ、の選手がすれ違い、皆さん「お帰りなさい!」、「お疲れさま!」
と声をかけてくれる。
とても元気が出る! でも、おかげで歩けなくて、だいぶ無理して元気がある振りをして坂道も走る。人影が無くなると歩きだす(爆笑)
●道の駅(萩往還公園)に到着(222.2キロ)時刻不明
ここから本格的な山道の急な上り坂になる。
降りてくる選手は道を譲りたくても止まれない事も多く、譲り合いながら進む。
やがて河川敷の堤防道路を走っていると向こうから伴走者と共に走ってくるランナーの姿が見える(約224キロ付近)
私が初めて萩往還に参加した時に先ほどの山道を登っている時に突然目の前に白杖が飛び込んできた!
なんでこんな処で白杖! とビックリしたのだが、九州太宰府のEさんご夫妻です。
それ以来あちこちでご夫婦にお会いするチャンスができました、今年は見えないなと心配していましたが、ここでお会いできました。
【写真】明木(あきらぎ)川の堤防道路を元気に走ってくるEさんご夫妻(4人並んでいる左側の2人がEさんご夫妻、右の2人は歩いているが、
Eさんご夫妻は元気に走っている)
しばらく行くと突然「クニさん!!」と声がかかる、返事をすると「あさひ」と名乗ってくださった!
数年前から萩往還の掲示板で知り合った方で、以前は60キロに参加していたので早く通過してお会いすることができなかった。
掲示板と明木市にあるマラニックの伝言板でのお仲間です。
今年も伝言板にメッセージを残してあるとの事、他にも伴走者と一緒に走っている人を抜いてきたとの情報も下さる。
「あさひ」さんとお別れして明木市(あきらぎいち)に向かう!!
●明木市(225.9キロ)10時50分到着<東光寺チェックポイントからの区間スピード=11分43秒/キロ>
(使わせていただいた他の選手の写真はナンバー部分を判別できないように消してあります)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月4日(月曜)
●玉江駅エイド(193.9キロ)4時25分到着<三見駅チェックポイントからの区間スピード=11分02秒/キロ>
三見駅からの道のりは街灯もない田舎道で薄気味悪いから早く通り過ぎた見たいです(笑)
玉江駅で少し横になって、先行の選手がまだ寝ているうちにソット出発する(笑)
これで何人か抜いたことになります(爆)
スタートするとすぐに140キロの上位選手ががブルーのナンバーカードを付けて元気に走ってくる。
エールをもらったり、送ったりでお互いに元気付ける。
自分はトイレに行きたくなったので、コースアウトして24時間スーパーに寄ることにした。
ここは様式便器もあり温かいし、24時間開いているのと品ぞろえが豊富なので非常に便利なのです。
ただ、コースから少し外れ、一昨年はコースに戻るのに道を間違えて、早朝散歩の市民のかたに道を聞いたりしたので、
今年は正直に元の道をトレースして戻ることにした。
スーパーでズート一緒だったHさんは「遅いから先に行って時間を稼ぎます!」と、ここでお別れ。
Hさんとはこの後会う事はなく、ゴールも20分ほど早く入っている!! さすが!!
正規のコースに戻って一路、萩市内の外れにある「笠山」に向かう。
この13キロはとてつもなく長く感じるのだが、今年は走り方を変えたせいか、いつもより楽に進める。
1日のウルトラセミナーでのU講師の話によると、笠山は活火山で気象庁の監視対象、8800年前に噴火したといわれる。
阿武火山群(あぶかざんぐん)と呼ばれ、玉江駅から笠山に向かう途中にある半島のような島はこの火山群の一部だそうだ。
火山群としての次の噴火が1200年後に迫っているとの事! (急がなくては(笑))
今年は笠山山頂のチェックポイントは無くなり、笠山の先端にある食堂「椿の館」
だけがチェックポイントになっている。
●椿の館チェックポイント(207.1キロ)6時49分到着<玉江駅エイドからの区間スピード=10分55秒/キロ>
(トイレに寄っているので非常に速いタイムです)
【写真】虎ヶ崎の食堂・椿の館の風景(写真は2006年のもの)、 小さな食堂で店先にチェック用のパンチと到着時刻を記入するノートが置いてある。
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
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5月3日(日曜)
●鯨墓チェックポイント(152.8キロ)19時05分到着<仙崎エイドからの区間スピード=13分06秒/キロ>
鯨墓を折り返すとまたまた青海島・海上アルプスのアップダウンを繰り返して仙崎に向かう。
帰路はキャンプ場は通過なので青海大橋まで約10キロ連続の工程になる。
この先は宗頭(ムネトウ)公民館まで約12キロあるので、約22キロの連続行程になる。
夜になって人通りも途絶えた街並みの旧道をランナーたちだけがヘッドランプの明かりを頼りに宗頭に向かう。
突然バス停のベンチから「クニさん!!」と声をかけられた。
暗闇の中から突然の声にビックリ!! 久しぶりに参加のHさん(私が初めて萩往還に参加のころ、桜道と連続参加するなどのスーパーマン)
が日射病で熱があるとかで、額に熱さましのシートを張ってやおら起き上がってきた。
さすがスーパーマン、ちょっと話をしただけでさっさと先に行ってしまった(苦笑)
暗闇の中をやっと宗頭の明かりが見えてきた。
何時もの通り隣の酒屋で缶ビールを買ってから預けた荷物をもらう。
既にリタイヤした選手がボランティアとして活躍している人もいる。
顔なじみの選手が何人かボランティアとして活躍しています。
私も昨年は肋骨を2本折ったまま此処のボランティアを夜明けまで行ったのだ。
●宗頭チェックポイント(175.2キロ)
23時40分到着<鯨墓チェックポイントからの区間スピード=12分27秒/キロ>
●宗頭チェックポイント(175.2キロ) 0時30分出発<所要時間=50分(着替え・食事)>
5月4日(月曜)
食事後に簡単な着替えをして廊下で仮眠する、
モーニングコールならぬミッドナイトコールをしてくれる人がいたので、
0時20分に携帯電話にコールすることをお願いして横になるがなかなか眠れない。
携帯に着信があったのでやおら起きだして0時30分に宗頭を出発。
次のチェックポイント藤井商店を目指すが、休んだせいか肌寒い!
今年は派手な点滅ライトは無く、店のわきにある街灯のポールに看板と点滅ライトが淋しくつほど点滅しているだけだった。
【写真】ポールに白い「藤井商店」と書かれた看板と3つの点滅ライトがチカチカしている。手前にはビールケースが置いてある。周囲は暗闇。
●藤井商店チェックポイント(178.5キロ)1時05分到着<宗頭チェックポイントからの区間スピード=10分36秒/キロ (休憩を含まず)>
チェック後に暗闇の山道を標高差150メートルほど登る。
先行しているランナーを歩きながら抜いて国道に出たところで後から来るHさん、Sさんを待つ。
3人で鎖峠(クサリトウゲ)標高231メートルに到着したころは眠くて・眠くて!
Hさんと一緒に路肩に座って少し仮眠をとることにした。
Hさんは座るなり鼾をかいて寝始めた、よほど眠かったのだろう。
眠いがなかなか寝付けずに通り過ぎるランナーの声や足音を聞きながらうとうとして10分ほど寝ただろうか? 三見駅に向かって下り始めるう。
三見駅までは勝手知った街並みと思っていたら、
昨年通過していない間にずいぶんと街並みが変わっている!
新しい建物がたくさん出来て、違う街を走っているような気分だが、三見川は変わらず流れているので川を目安に一路駅に向かう。
鎖峠から標高差200メートル以上下ったことになり、すぐ先は海になる。
●三見駅チェックポイント(187.6キロ) 3時10分到着<藤井商店チェックポイントからの区間スピード=13分27秒/キロ>

何時ものように誰もいない待合室と外の街路樹にチェックライターがぶら下がっている。
【写真】三見駅のチェックライターと看板(写真は2007年)駅前の街路樹に「三見駅」
と書かれた白い看板が立て掛けられて点滅ライトがチカチカしてチェックライターがぶら下がっている。駅の明かり以外の周囲は真っ暗。
三見駅を後にして薄気味悪い山道を玉江(タマエ)駅に向ってくにゃくにゃした道をヘッドランプの明かりだけを頼りに進む。
街灯一つ無い道だがこれでも立派な山口県道64号萩三隅線
(やまぐちけんどう64ごうはぎみすみせん)と言うのだそうだ。
時々山陰本線の踏切を横切る時以外は明かり一つ無い暗闇で、今年はHさんと2人だが、以前には何回か一人で通っている。
夜が明けかけた頃に玉江の街並みに入り、新聞配達のお兄さんに駅までの道を確認して玉江駅に向かう。
途中でなぜか右側からの道にこちらに向かって白線が引かれている。
自分たちの通っている道以外に道路は無いはずなのだが!
●玉江駅エイド(193.9キロ)4時25分到着<三見駅チェックポイントからの区間スピード=11分02秒/キロ>
(薄気味悪いから早く通り過ぎた見たい(笑))
ここまで来ると萩城はすぐで、先に到着したランナーが段ボールや駅のベンチで仮眠している。
私たちも少しだけ横になる。
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月3日(日曜)
●黄波戸口エイド(130.1キロ)15時01分到着<千畳敷チェックポイントからの区間スピード=11分05秒/キロ>
黄波戸口エイドのの子供たちにエールを送られ、いよいよ長門市の市街地を通って女性詩人 「金子みすず」の生誕の地「青海島 (おうみしま)」の先端にある鯨墓(くじらはか)152.8キロ)を目指すことになる。
黄波戸口エイドをスタートすると山陰本線を右手に見ながらひたすら黄波戸(キハド)温泉を目指すことになる。
130キロを過ぎて足も体も酷使している影響が体の各所に表れている。
足は靴下とすれて真っ赤に腫れあがっている。
今年は冒頭に書いたが、いつも行っているウォーキング指導者講習のテーマを意識して250キロを走っている。
そのひとつは前傾姿勢、次は土踏まずの後ろで着地すること、一本線の上を走ること。などなどである。
おかげでほとんど練習らしい練習をしていないながら、なんとか故障もなく130キロ過ぎまで到着している。
痛み止め、胃薬も今のところ服用の必要は無い!
コースは黄波戸温泉を折り返し長門市の繁華街に向かう。
途中で今大会3本目のお缶ビールを買って歩きながら飲ませてもらう(食事代わりなんです)
市街地に入ったところに大きなドラックスアが新しく出来ていたので、眠気覚ましの薬を購入する。
前後している選手たちと話したり、離れたりしながら長門市街地を抜けて海に突き当たりました。
ここを左折すると仙崎(センザキ)エイドです。
チェックポイントではありませんが、タイムを記入するのと、ペットボトルを1本もらえます。
●仙崎エイド(往路)(142.3キロ)17時08分到着<黄波戸口エイドからの区間スピード=10分25秒/キロ>
千畳敷付近から前後して走っている山口県のHさん、東京のSさんたちと一緒に走っている。
何とか青海島には明るいうちに入ることができた。
ここからは「海上アルプス」と呼ばれているアップダウンを繰り返して島の先端の「鯨墓」に片道10キロを進むことになる。
アップダウンを2回繰り返してやっと「青海島キャンプ場」に到着、早速ウドンを注文して食事。
食事後に早々に鯨墓に向かって再出発、またまたアップダウンを2度繰り返してやっと鯨墓のある建物が見えてきた。
●鯨墓チェックポイント(152.8キロ)19時05分到着<仙崎エイドからの区間スピード=13分06秒/キロ>
今年もNさんがいるかな? 昨年はリタイヤしたのでここに寄れなかった。
そう思ってエイドスタッフを見るとNさんが忙しく選手のお世話をしている。
2年ぶりに会う事が出来た。
先行する選手がクニがすぐ後ろから来るおよ! と伝えてくれたそうだ。その選手は脇のベンチで横になっている。
Nさんは昨年のリタイヤを聞いているとの事、早速記念写真を写して名残惜しいが先を急ぐ。
【写真】鯨墓チェックポイント(捕鯨の大砲が飾られている、手前のテーブルにはドリンク類のペットボトルが4本並び、
後ろではボランティアのNさんが忙しく働いている。その後ろにはチェックするスタッフの姿が写っています)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
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5月3日(日曜)
●千畳敷チェックポイント(124.7キロ) 14時00分到着<立石観音チェックポイントからの区間スピード=12分50秒/キロ>
ここはちょうど中間点になる。
125キロで約20時間、残り125キロで28時間の計算ですが、
そうは行かないのが萩往還でしょう。
風景は絶景だが楽しんでいる暇はありません。早々に次のチェックポイントに向かって出発です。
千畳敷からは元の道に戻らず直進して道路に向かって直接下る。
今度は330メートルをひたすら下ります。
下り終わったところが旧エイドの西坂本ですが、今年は1.5キロほど先の黄波戸口に移動しています。
ところがこの1.3キロが長かった!、1.3キロ先の堀田T字路を左折するとすぐと聞いていたのに、はるか先にエイドらしき人影が見える。
あそこまで行くのか! と思ったけれど、どうせもっともっと先まで行くんだから、
エイドから先の次のチェックポイントまでの距離が短くなると思えば良いんです。
【写真1】千畳敷から下りの写真(西坂本の元エイド付近まで下ってきた筆者の走る写真(頭にはバンダナ風の帽子をかぶって、 ロングTシャツ、ロングタイツでまだ元気なふりして走っている姿。
●黄波戸口エイド(130.1キロ)15時01分到着<千畳敷チェックポイントからの区間スピード=11分05秒/キロ> (下りなのに遅いな!)
エイドはいつもの中学生が甲斐甲斐しく選手のお世話をしてくれています。
食事はカップめんが主体、どんべいとか、キツネとか・・・です。
わたしは、あれ! 何を食べたんだっけ??? たぶん天ぷら蕎麦だったような?
【写真2】黄波戸口エイドをサポートする日置(ヘキ)中学校のバレー部の女子生徒と記念写真(筆者が前に座って、
女子生徒が7人お揃いのトレーナーを着ている。
ここ は昨年リタイヤバスで到着して、前年の子供たちと写した写真をスタッフに託しただけで素通りしたエイドなんです。
出発前に今年はみんなで記念写真を撮る!
「汗臭いおじさんでごめんね!」と言ったら、子供たちを引率している先生が、「この子たちはバレー部なんで、みんなも汗臭いから大丈夫!」
だって。
出発の時に選手一人ひとりに「コスモスの種」を入れた小さなポリ袋を渡してくれた!
袋の中には手書きで
===
「日置(「ヘキ」と読むんだそうです)、コスモス、種の文字」と風力発電の風車のイラスト、
コスモスが沢山咲いている花のイラストがカラーで手書きされています。
===
【写真3】コスモスの種を入れたポリ袋の表の写真
裏側には手書きで
===
「いままで、たいへんおつかれ様でした。これはコスモスの種です。
秋にはきれいな花が咲くと思います。
ぜひ植えてください。
また、機会があれば日置(ヘキ)におこしください。
頑張ってください。(ハートマーク)
日置(ヘキ)中学校生徒会
===
と手書きされています。
うれしいな!
こんなプレゼントは初めてです!
【写真4】コスモスの種を入れたポリ袋の後ろ側の写真(種がたくさん入っているのが見えます)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月3日(日曜)
●俵島チェックポイント(98.8キロ) 8時55分到着<海湧エイドからの区間スピード=10分54秒/キロ(食事・ 着替えなど含む)>
俵島のチェックポイントを終わると次は「川尻(カワジリ)岬」のチェックポイントに向かう。
湯谷島を抜けるまではアップダウンの連続。
大浦漁港の長ーーい直線平坦地を抜けるとまた上り坂が始まる。
今度は上り坂に苦しめられながらひたすら川尻岬に向かうが、この登りが長い長い!! 「向津具(むかつく)半島」
とは良く言ったものだ(笑)
登りに登って平坦な道路に出るとやがて急坂を下らされてやっと川尻エイドの「沖田食堂」に到着。
【写真上】川尻(カワジリ)岬にあるチェックポイント:沖田食堂(食堂の壁に「釣りえさ、おでん、お食事、休憩」と書いてあり、
選手がチェックノートに記入して出発する選手もいる)
●川尻岬チェックポイント(107.2キロ) 10時20分到着<俵島チェックポイントからの区間スピード=9分36秒/キロ>
食堂ではカレーうどんが美味しいと折り返しの選手から聞いていたが、 私が到着時にはカレーライスだけになっていて、 それも量が非常に少なくてチョット残念だった。
食事後に早々に立石観音に向かって出発。
先ほどの急勾配を今度は登り返すことになる。
棚田の美しい風景が足もとに広がっている。
はるか先にはこれから登る千畳敷の山並みと、さらにその先には青海島の島影が靄の向こうに見えている。
まだまだ明日の夕方まで走り続けるのだ。
立石観音のチェックポイント直前のバス停で女性の選手が靴下を脱いで呆然としている。
聞いてみると足が痛いので靴を脱いでみたら腫れがすごい状態で、見たらこれ以上走れなくなった!との事。
あと数百メートルで立石のチェックポイントでお店もあるが、ここはただのバス停で周囲には民家も見当たらない。
携帯電話も持っていないという事なので、大会本部に連絡をし、
本人了解のうえで収容車が来るまでここで待機することの指示を本部と連絡仲介して先を急ぐ。天気が良かったから良いようなものの、
雨だったら無視しておけない状況だった。
約10分の救出劇だったが、立石観音に無事到着。
●立石観音チェックポイント(117.1キロ)12時25分到着<川尻岬チェックポイントからの区間スピード=12分30秒/キロ (食事・着替えなど含む)>
ここからいよいよ千畳敷への上り坂になる。
海抜0メートルから延々との7.6キロで330メートル登ることになる。
途中の津黄峠(199メートル)で一度下ってから昨年からコースが変わった自動車道の急坂を登りだす。
ここは昨年に肋骨を二本骨折していた時に、この急坂を見て戦意喪失した個所です。
照りつける日差し、壁のようにそそり立つ自動車道路、疲れた足を引きずるように頂上の千畳敷に向かって進み続ける。
やっと道路が平坦になってくると見覚えがある千畳敷の広場になる。
【写真中】津黄峠からの絶壁に見える千畳敷への自動車道路(写真で見ると大した勾配に見えませんが、
実際は壁のような勾配でのしかかってきます。
●千畳敷チェックポイント(124.7キロ) 14時00分到着<立石観音チェックポイントからの区間スピード=12分50秒/キロ>
海抜330メートルの風景は絶景だが、そんな事を言っていられない。
何しろ昨年の肋骨を2本骨折してここでリタイヤした時のタイムより遅いのだ!!
【写真下】千畳敷の頂上から長門市、青海島方面を見た写真(足もとに千畳敷の草地、道路をはさんで風車の3枚羽、
海をはさんで長門市の街並みとこれから向かう青海島(おうみしま)へ渡る橋と青海島が少し見えている
(あの先まで行くかと思うとゾーットします)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月3日(日曜)
●新大坊エイド(79.9キロ)5時44分到着<俵山温泉エイドからの区間スピード=9分40秒/キロ>
大坊エイド、今年は3キロ以上先の新大坊交差点に移動している。
長い間エイドに立ち寄っていないのと、大坊エイドは以前からリーダー、お嬢さんとも交流があり立ち寄らないで通過はできないエイドなんです。
リーダーのH川さんと奥様にもご挨拶。
今年のエイドは陸上競技場の一角を使っているので、トイレなどは立派、昨年まではトイレは仮設だったり、無かったりでチョット不便だったが、
この件は解消した。来年はどうなるのか?
新大坊交差点に戻ってからいよいよ油谷(ユヤ)大橋を渡ってひたすら海湧食堂に向かう。
左手には常に油谷湾の海が見えます。
この半島は「向津具
(むかつく)半島」と言います。
あまりのアップダウンにムカツクからでしょうか(爆)。
まず川尻の海湧(ウミワク)食堂に到着。
ここは何時もお粥さんが美味しいので評判のエイドです。
早速到着タイムなどを記入してお粥さんをいただきます。今年もビールは無しです(笑)
●海湧(ウミワク)食堂(86.7キロ)6時54分到着<新大坊エイドからの区間スピード=11分17秒/キロ(休憩を含む) >
海湧で食事後、川尻中学校に向かって着替えをもらいます。
テーピングなどの最低限のケアーと靴下、Tシャツなどを着替えてこれからの暑さ対策を行って早々にスタートする。
先行する女性選手に追い付いた際に声掛けすると、「s先生ですか?」との返事があった。
昨年、長野県で行った伴走教室の際に受講された方との事です。
いつもはクニも知っている長野のかたの伴走をしているとの事、偶然の出会いはうれしいです。
そんな出会いもアップダウンは軽減してくれない、むかつくアップダウンを繰り返してやっとチェックポイントが見えてきました。
説明会では昨年と違っていると言っていましたが、昨年と同じ場所でした。
いつもの部落のお母さんが軽トラックにポリタン(焼酎の3リッタボトル)にたくさん水を入れてサービスしてくれています。
毎年水を補充に戻っている間に来る選手にサービスできないと悩んでいた結果、この方法なんでしょう。
有りがたいことです。
水以外に飴と、撮影スタッフが塩コンブなどを補充してくれていました。
有りがたく、ちょっとだけ(後の選手に残しておくため)頂戴して先に進むことにします。
●俵島チェックポイント(98.8キロ)
8時55分到着<海湧エイドからの区間スピード=10分54秒/キロ(食事・着替えなど含む>
【写真上】俵島チェクポイントの風景(手前には段々畑、遠くには海と、俵島の天然記念(玄武岩の柱状節理)が見える。
【写真下】俵島チェクポイントでの記念写真
(筆者のアップ)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月3日(日曜)
●西寺交差点エイド(43.9キロ)23時59分到着<下郷駐輪場からの区間スピード=8分46秒/キロ>
(スタートからここまでの通算区間スピード=8分10秒/キロ)
西寺では肋骨を折った昨年と同時刻に到着なのであまりゆっくりできない。
温かいコーヒーに砂糖をたっぷり入れていただいたものを飲む。
みんなと記念写真を撮り、早々にスタート。
ただ、次の豊田湖まで15キロほど、やがて急勾配の坂道に差し掛かり、食べ物と缶ビールを調達して手に持って走る(歩く)(笑)
豊田湖手前では以前からの知り合いのランナーと一緒に走り、豊田湖堰堤が見える付近を過ぎて鋭角に右折。
急坂を登ると以前のエイド「山本ボート」が見えたが、ここはすでに廃業しているので、今年から豊田湖畔公園までさらに1.5キロほど進む。
●豊田湖畔公園エイド(58.7キロ)2時16分到着(2時29分発)(西寺交差点からの区間スピード=9分15秒/キロ)
オートキャンプ場に設営されたエイドのスタッフは知り合いが多く、
座って食事をしている選手も知り合いが多い。
話がはずむが長居は禁物、10分ほどで食事を終えて出発する。
次に目指すのは俵山温泉のエイド。
県道34号線をただただ前に向かって進む
やがて「俵山温泉」の街並みが見えてきた。
●俵山温泉エイド(66キロ)3時40分到着<豊田湖エイドからの区間スピード=8分30秒/キロ>

バス停の前にある集会場のようなところを使っている、
風などはいらないようにビニールで仕切りを作ってくださった理いろいろと気遣いをして下さっている。
以前には足湯のサービスもあったが、足もテーピングしたりワセリンを塗ったりで、靴を脱いでの足湯は選手には難しかったようだ
(お気持ちは充分感謝しています)
温泉街(深夜なのでだれも歩いていないが)をスタートして、またまた暗闇の道に入る。
この先は2004年の豪雨の時に道を間違えたところです。
やがて道路は急坂になり砂利ヶ垰(じゃりがたお)への急坂が始まる。
約2キロの急坂を登り切ると今度は急なくだりが待っている。
ついに分水嶺を越えて日本海に向かう事になる。
今年は少し遅いので大坊ダム(76.6キロ)まで下った時には空はすっかり明るくなっている。
何時もはダムのすぐそばにあるエイドは、ことしは3キロ以上先の新大坊交差点に移動している。
長い間エイドに立ち寄っていないのと、大坊エイドは以前からリーダー、お嬢さんとも交流があり立ち寄らないで通過はできないエイドなんです。
●新大坊エイド(79.9キロ)5時44分到着<俵山温泉エイドからの区間スピード=9分40秒/キロ>
【写真上】豊田湖畔エイドの風景(キャンプ場にテントを設営してエイドになっている)
【写真下】俵山温泉でボランティアさんの女性と記念写真
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
===
5月2日(土曜)
スタート地点に並ぶ前に荷物を2か所に委託する。
「川尻中学校」(約86キロ)と、宗頭(むねとう)(約175キロ)の二か所です。
18時のスタートを前にスタート地点に並ぶがすでに選手が並んでコールを受けている。
約50人ごとのウェーブスタート。
最近はチップを導入しているので、前の組が見えなくなったらすぐにスタートする。
筆者は4組くらいだろうか? 正確には不明です。
18時6分ごろスタート。
応援団の声援に見送られて参道の下り坂を右側一列になって下っていく。
これから250キロ、四十数時間の旅が始まります。
途中の交差点で歩道の縁石に躓いて転んだ選手がいる。
結構痛そうです(後で聞いたら肋骨にひびか骨折のようです、まだ1キロも進んでいないのに)
自分は昨年、肋骨を2本骨折しているので、転倒だけは避けようと注意することにして進む。
やがてJR山口駅前を通過して椹野川沿いのサイクリングロードを10キロほど進むと上郷(かみごう)駅に到着する。
途中でいろいろの選手から「クニさんですか?」と声をかけていただく。
今年は昨年から行っているウォーキング指導者研修を意識して、理想的な走り・歩きを萩往還に取り入れてみようと思っている。
なるべく足を使わない走り、ショックの少ない着地、一本線走行などを意識して走る(歩く)つもりだ。
●上郷駅(13.4キロ)19時36分到着<区間スピード=7分10秒/キロ>
エイドで給水と飴をいただいてすぐにスタートする。
国道を右折してやがて県道を渡るといよいよ「山口秋吉自転車道」
で細い上り坂をヘッドランプの灯りを頼りにひたすら走り続ける。
二本木峠(19.8キロ)にはいつもの「ランナーズ小郡」の皆さんがエイドを設営してランナーを待っていてくださる。
自転車道をさらに進むと21.8キロ地点の「湯ノ口エイド」がある。
ここは昨年転倒して肋骨を骨折したところなので、転倒箇所をマジマジと眺めてエイドに飛び込む。
転倒箇所は昨年の印象と違って舗装が割れたために割れ目が少し盛り上がっている状態の個所だった。
これに躓いたわけだ!
●湯ノ口エイド(21.8キロ)20時46分到着<上郷駅からの区間スピード=8分20秒/キロ>
湯ノ口をスタートして田圃のなかのカエルの合唱を聞きながら28キロの「下郷(しもごう)駐輪場」
を目指す。
この頃には周囲の選手はまばらで、たまに追い抜いたり追い抜かれたりするだけ。
だけど、前方には大会から支給された点滅ライトの明かりがチカチカ見えているのでそれほど孤独感ははない。
●下郷(しもごう)駐輪場(27.6キロ) 21時36分到着<湯ノ口からの区間スピード=8分40秒/キロ>
ここからもカエルの合唱を聞きながらのスタート。
自転車道からお別れして県道を進む。
途中で何人かの選手と同行したり、離れたりしながらマイペースで進んでいく。
やっと何時もの西寺交差点エイドに到着する。
リーダーのA川さんがいるので大きくて振って合図すると気が付いてくれた。
●西寺交差点エイド(43.9キロ)23時59分到着<下郷駐輪場からの区間スピード=8分46秒/キロ>
(スタートからここまでの通算区間スピード=8分10秒/キロ)
エイドにはA川さんやご家族、
昨年骨折の処置をしてくださった看護士さんなど知っているスタッフがたくさんいた。
持参した写真を渡すと、骨折処置中の写真を見た看護士さんが「こんな写真いつ写した???」とびっくりしていた(笑)
今年も来年の再会を誓ってまたみんなで記念写真を撮らせていただく。
【写真上】スタート地点で待機中の筆者が映っている、座っているのは出発コールを受けた選手の皆さん。
【写真中上】湯ノ口エイドの風景(テーブルに紙コップが置いてあるが、今年からマイコップ持参んなので少ない)
【写真中下】下郷駐輪場エイドの風景(テーブルにコップなどは少ないが、食べ物も見える)
【写真下】西寺エイドでの記念写真(筆者はテーブルの前・テーブルには左からお水・麦茶・コカコーラ・レモネード・
コーヒーなどの札が下がっている。写真に写っているスタッフは全員女性)
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
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5月2日(土曜)
教育会館で行われる説明会に参加する。
会場にはすでに選手がたくさん集まって、スタートをまって人日をする人、旧友と再開をして談笑する人など様々。
説明会は木原・新実行委員会代表が取り仕切る。
脇には全実行委員長の小野さんと奥様が控えている。
木原氏のあいさつの後、前委員長の小野さんが紹介され、会場から大きな拍手が沸き上がった!!
小野さんは紹介だけだったようだが突然、木原氏のマイクを要求して一言
「ようこそお出で下さいました!!」
ま た会場から大きな拍手が沸き上がった!!
説明会は木原氏がコースの注意点などを克明に説明する。
【写真上】説明会で挨拶する木原実行委員長(向って左には小野さんご夫妻が座っている。
【写真中】挨拶する小野前会長と奥様(マイクを渡すのは木原実行委員会代表)
【写真下】大会の詳細を説明する木原代表
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「山口100萩往還マラニック」は明治100年を記念して小野幹夫氏が作り上げたウルトラマラソン大会。
山口県の山口市をスタートし、秋芳町、日本海の俵島、長門市、青海島、萩市から往還道を通って山口市に戻る250キロが最長のレース。
2009年は15回目の参加になる。
過去は昨年の20キロで転倒骨折してリタイヤした以外は13回連続完踏させてくれている。
今年はリベンジになるか、返り討ちにあうか?
===
5月2日(土曜)
突然だったが、旧実行委員長の小野幹夫さん、
フランスからの参加のAさんなどと昼食をご一緒することになった。
インド料理のお店で10名ほどで楽しくインド料理をいただくが、小野さんは大会から引退されてチョット元気がなさそうに見えた。
筆者はすでに受付済みだが、小野さんたちが受付に行くのでご一緒する。
【写真】小野前会長を囲んで受付前で記念写真(大会の横断幕がすぐ後ろにあり、 前会長ご夫妻を中心に全部で7名の記念写真。
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2009年4月19日(日曜)
茨城県・土浦市の川口運動公園陸上競技場で「国際盲人マラソンかすみがうら大会2009 」が開催されました。
同時開催は「第19回かすみがうらマラソン」です。
前回は伴走する時の注意する個所などを書きましたが、それをどのように伝えるかです。
坂道、橋などの繋ぎ目は自分の前だけでなく、コース幅全体で事前に知ることができます。
自分達の前だけでなく、コース全体に目を配ることが必要です。
路面の凹凸などはほとんど走っているコースにしかありませんから、前に他の選手がいる場合などはある程度の間隔を取って、 前の選手の左右、足の間など、できる限り情報を集めます。
一番危ないのが選手とのお話に夢中になって、危険箇所を伝え忘れることです。
相手にとっては、この伴走者は話に夢中になると前を見ていない!! との 不信感が出てきます。
世間話をしている時など、話を遮ってでも危険箇所を伝えましょう!
その際の伝え方は「10メートル、マンホール!」と、「マンホール、10メートル!」で、どちらが良いか??
危険箇所を伝えられた視覚障がい者ランナーはその場から身構えてしまいます。
その危険箇所が直前でなく、10メートル先にあることを伝えるにはどちらが良いかは明らかです。
同様に、コースを左右に少し移動する場合でも「1メートル左に」と「左に1メートル」ではとっさの場合に危険を回避できるか、 できないかの差になってくる可能性もあります。
今回は写真なし。
次回も具体的な伝え方を書きます。
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2009年4月19日(日曜)
茨城県・土浦市の川口運動公園陸上競技場で「国際盲人マラソンかすみがうら大会2009 」が開催されました。
同時開催は「第19回かすみがうらマラソン」です。
スタートからほぼ8分/キロを維持して走り続ける。
仲間の視覚障がい者ランナーにもだいぶ抜かれるが、ペースは変わらない。
病み上がりと言いながら、Yさんのリズムは好調です!!
そのうちに給水所も無事にクリア―した。
少し周囲がバラケタ頃にハイタッチをしながら応援している高校生?の集団がいた。
「ハイタッチしてみる???」(Yさんは過去にも東京マラソンでハイタッチの経験済み)と聞いてみると「ハイタッチしてみる!」の返事。
ところが、走路の左側を走っている我々は、伴走者が左に位置している。
ハイタッチするためには右側を走っているYさんには相当な苦労がある。これが伴走者と一緒に走る苦労だろう。
周囲を見渡して、伴走を右側に代わっても大丈夫だろうと決断。
これからが大変。
右側に代わるよ!! と告げて、伴走ロープ放して右側に回り込むのだが、選手は非常に不安になるはず。
前の状況を逐一告げながら(前は空いている!! 凹凸はない!!)、体には必ず手が触れているようにしながら注意して右側に移動する。
空間に置かれるのが一番怖いはずだ。
やっと位置取りができたのでしっかり腕を抱えて(万が一に備えて)ハイタッチの手の位置を伝えて、子供たちとの間隔を確認する。
同時に子供たちの目線を確認すると(意外とよそ見をしながらやっている人も多い)、みんな走ってくるランナーを見ている!!
同時に後ろも見て抜いてくるランナーがいないことも確認する。
「後ろOK!!」 「左に寄って!!」
「パチ! パチ!・・・」 (こんな音はしないけれど)
最後のお兄ちゃんのところでは前方が少し混んできたので、あきらめてもらいコースを道路の中央側に移動した。
今度は通常の左側伴走に戻るのが仕事!
先ほどと逆にロープを放して、体に接触しながら左側に戻る。もちろん前方と足元などの状況は常に言葉で伝えながら!!
Yさんは「かっこいい!!」と 今回の伴走位置の交代作業をほめてくださった。
今回は写真なし。
次回は走路のマンホールや舗装の継ぎ目などの伝え方を書きます。
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2009年4月19日(日曜)
茨城県・土浦市の川口運動公園陸上競技場で「国際盲人マラソンかすみがうら大会2009 」が開催されました。
同時開催は「第19回かすみがうらマラソン」です。
受付業務がはじまり、選手、伴走者、控えの伴走者などが続々と盲人受付に来る。
以前からの知り合いもたくさんいるのでなるべく声掛けを怠らないように眼を配る。
9時になったので他のスタッフには申し訳ないが伴走者に変身することにした。
今回伴走を依頼された選手は、以前に東京マラソンのフルマラソン、かすみがうらの10マイルなどで一緒にレースを走ったYさん。
今回は3週間ほど前から体調が良くないとの事で、無理させないように、
体力を温存してもらえるように余計な気遣いをさせないような伴走を心がけるつもり。
ウォーミングアップで競技場を1周歩き、準備をしてスタートラインに並ぶ。
スタート地点は右側レーンは盲人の部出場者の優先レーンで、先頭から20メートルほどの位置に並ぶことができました。
いよいよスタートですが、この位置だと周囲のスピードランナーに抜かれっぱなしで緊張する!
はじめは危険なのでロープを使わずに腕を組んで走る。
手の振りも肘を外側に出すように振ってもらう事を注意して、他のランナーとの接触を極力避けるようにする。
少しずつ周囲が空いてきたのは1キロほど走ってからですが、それでも4000人増えた大会の参加者は多かった!
【写真】大会のスタート風景
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2009年4月19日(日曜)
茨城県・土浦市の川口運動公園陸上競技場で「国際盲人マラソンかすみがうら大会2009 」が開催されました。
同時開催は「第19回かすみがうらマラソン」です。
筆者も例年のとおり前日から土浦に入り、19日は早朝から盲人受付のお手伝い。
その後は今年もフルマラソンの伴走者に変身です(笑)
受付は朝の7時からオープンです。
前日泊まった旅館の食事を摂らないでコンビニでおにぎりとカップめんを買って途中の公園のベンチで朝食!
朝7時にはしっかり受付開始です。
すでに前泊の選手が受付に数組来ています。
【写真:上】受け付け開始前のボランティアスタッフのミーティング風景
(盲人受付テント前に40人ほどが赤いスタッフジャンパーを着て勢揃いしていミーティングしています。
早朝のためボランティアさんの影が長ーく映っています)
大会全体では昨年度より4000人多い、2万4480人がエントリーしているとかで、交通機関も駅からも、会場も大混雑です。
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伴走者養成研修会(2009年2月8日:東京) 報告
2009年2月8日(日曜)に東京の代々木公園に隣接した施設で日本盲
人マラソン協会主催の「伴走者養成研修会」
が行われました。
当初の予定であった30名をはるかに超えた参加者で、教室から溢れる人もいたようです。
教室はH理事の理論編と、私が担当する実技編の2パートで行われました。
【写真】教室で講義する筆者の写真(プロジェクターを使ってスクリーンに向かって説明している)
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伴走者養成研修会(2009年2月8日:東京)
2009年2月8日(日曜)に東京の代々木公園に隣接した施設で日本盲人マラソン協会主催の 「伴走者養成研修会」 が行われます。
現在30名ほどが申し込んでいるようですが、伴走者育成のため直前まで申し込みを受け付けるようです。
【写真説明】
昨年の静岡県掛川市で行われた「日本盲人マラソン協会:BM研修会」
育成研修会の介助体験でアイマスク着用の参加者を介助する参加者の様子です。
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トップで帰ってきたのは高橋選手。
2時間45分でゴールです。
ゴール直後の高橋選手(トップでアテネパラリンピック金メダリストの高橋選手がゴール)
静岡の新野選手もゴール(パラリンピックコンビです)
関西新鋭の和田選手もゴール(サブスリーです)

女子トップで西島選手がゴール

男子表彰式
女子表彰式
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11月22日(土曜)
福知山マラソンの前日に「伴走サポーター講習会」
が行われました。
昨年も行ったのですが、事前のPR不足でまとまった活動ができませんでした。
今年は大会の公式行事として大会の公式サイトにも掲載してくれたので事前申し込みも順調だったようです。
講義はルール編と実技編に分かれて行い、その後はサブアリーナに移動しての実技体験となります。
今回は先日閉幕した北京パラリンピック・マラソンに出場したN選手と伴走者のOさんが共に協力してくれる。
実際に北京コンビでの伴走模範演技をみんなに知ってもらうことにした。
模範伴走の後は参加者同士の伴走体験だが、なかなかうまくいかないようです。
伴走についての基本を習ったところで今度は介助方の実技となる。
アイマスクをして手引きする受講者と一緒に会議室に戻るのだが、途中のげた箱で靴を履き替える時や、
階段を降りる時などにみなさんくろうしていました。
【写真・1】伴走サポータ講習会の講義風景(プロジェクターを使って実際の競技の動画を見てのルール説明に参加者も納得)
【写真・2】協力してくれている視覚障がい者ランナーと伴走者の模範伴走
(受講者は二人の走りを真剣に見ています)
【写真・3】アイマスクをした受講者と介助役の受講者が階段を下りているところ。
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今年の3月から受講していたん「NSVA・ウォーキング指導者研修」の最後の研修、
指導者コーを10月の18日に受講しました。
朝の9時半から一般研修。
昼食を挟んで午後の12時半から16時半までみっちりの指導者コースを受講して、
やっと8ヶ月間におよぶウォーキング指導者研修を修了しました(汗汗)
最終日の指導者コースはたくさんの事を勉強しました。
スタッフの指導者の皆さん、長いあいだボランティアでのご指導をありがとうございました。
少しでも恩返しが出来るようにしたいです。
【写真】指導者コース修了書の画像
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2008年9月23日
神奈川県・大和市で「ラン&ウォーク講習会&伴走教室」が開催されました。
会場は大和市立引地台中学校です。

北京パラリンピック出場の加治佐選手も参加、北京の報告をしてくれました。
路面が硬かったこと、コースが曲がりくねっている、道幅が広くなったりせまくなったりして走りにくかった。
給水所が右側だったので給水を取りにくかったなどの話がありました。
【写真】 白のTシャツ(脇の下に赤いアクセント) に赤いジャージのズボンの公式ユニフォームで皆さんに報告する加治佐選手の写真。
その後はNSVAのT理事からウォーキングの基本についての話。
足裏の3ポイントなどの基本を話してくれました。
【写真】 皆さんいすから立ち上がって足裏3ポイントを実感しているところの写真
次は伴走教室です。
今回はプロジェクタを駆使して安全について講義。
事故がどのくらい発生しているか、どんな怪我をしているかなどなど、数字を使っての説明に伴走者の人も納得していたようでした。
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第20回視覚障害者健康マラソン東京大会の開催日が決定しました。
期日:平成21年3月20日(金・祝)
種目等は今年と同じ予定です。
詳細は東京クラブのホームページに掲載します。
公園への企画書などはこれから提出ですので、みなさんへの募集要項はもう少し
先になります。
ご了承ください。
来年は20回の記念大会になります。
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9月13日(土曜)と14日に静岡県掛川市にある「ヤマハリゾート・つま恋」で日本盲人マラソン協会主催のBM研修会・ 伴走者育成研修会が行われました。
前夜の懇親会でのアルコールも朝の自主練習ですっかりクリアー!
前日のカンファランスルームを移動して2日目の研修会はH理事が開催中のパラリンピックなどの参加選手の国内大会動画を見せながら、
ルールについての解説などを行った。
実際に大会のビデオを見ながらのルール説明はとても判り易く好評!!
その後に昼食のお弁当を食べながら研修会の実技で走っているビデオを上映した。
皆さん自分の走っている姿はなかなか見たことが無いので、怖いもの見たさの心境でしょうか??
【 写真:上】二日目の研修会の様子(原田理事のルールを主体にした研修会の様子を参加者の後ろから写す)
【写真:下】昼食後、全員そろって記念写真で解散
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9月17日で2008年のパラリンピックも終わりましたね。
個人的にはクラス分けでいろいろと考えさせられることが多かったようです。
マラソンなどでは、B1,B2,B3とクラス分けされているのですが、今回はB3クラスのマラソンは実施されませんでした。
しかも、B1/B2クラスのマラソンはコンバインドされて一つの種目として競技を競い、当然メダルも1つだけになりました。
結果は
16位・高橋勇市(2:43:38)
19位・新野正仁(2:51:14)
21位・加治佐博昭(2:56:31)
です。
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9月6日(土曜)に東京の調布市で「ヤクルト・ランニング教室」が開催されました。
午前中のランニング教室が終わって昼食。
それぞれ参加グループ毎に指導するヤクルト陸上部の選手を囲んでの食事です。
私達は午後の伴走教室の準備もあるので控え室で機材を準備しながらの食事。
午後一番のグループ毎の質疑応答も1時間を経過して終了。
いよいよ伴走教室です。
ちょうど北京パラリンピックの開会式当日でしたので、マラソンなどに162名が参加している事、 視覚障がい者ランナーが苦労して伴走者を探している現状などをお話しして教室をスタートしました。
東京マラソンで筆者が伴走したビデオも上映することが出来て、実際のマンモス大会で伴走す
る姿を知ってもらえました。
その後はシュミレーションレンズでの弱視体験、アイマスクでの介助体験で実際に教室からグラウンドまで移動しました。
陸上部の選手も走るのとは勝手が違って、完全に腰が引けて「怖いよぉー!!」の連発でした。
100名の参加者のうち伴走に興味を持ってくださったのは1/3程度でしたが、 教室を終わってほとんどの人が何らかの形で伴走に興味を持ってくださったでしょう!!
【写真:上】伴走教室にはヤクルト陸上部の選手をはじめ参加者など100名以上が参加(会場の後ろから説明する筆者を写す、 手前にはヤクルトの選手の後ろ姿が映っています)
【写真:下】アイマスク体験、陸上部の選手同士ですが、走るのと勝手が違って完全に腰が引けています(笑)
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9月6日(土曜)に東京の調布市で「ヤクルト・ランニング教室」が開催されました。
ランナーズとの提携で毎年開催されているとの事で、
ヤクルト陸上部の現役選手がコーチしてくれるので超人気教室!!
今回も定員の80名に対して5倍ほどの申し込みがあったようです。
そのランニング教室で初めて視覚障がい者のランニングに必要な伴走を取り上げてくださり 「伴走教室」が実現しました!!
6日の朝9時前に調布市民陸上競技場に到着。
ちょうどヤクルト陸上部の選手も到着したところで、さっそく控室でスタッフミーティング後
の9時30分から教室が始まった。
筆者もグループEでオープン参加させてもらったのですが、何しろ呼吸が苦しいほど走るのなんて、いつやったことがあるの???状態で、 皆さんの最後尾にやっと食らいついていました(冷汗;;)
【写真:上】競技場で開会式(ヤクルト陸上部がスタンド側に勢ぞろい、参加者はフィールド側に約80名がいる、スタンドには 「ヤクルトランニング教室の横断幕とその下のグランウンドにはヤクルトの着ぐるみが置いてあります)
【写真:下】ヤクルトの選手を先頭に5つのグループに分かれてトラックを疾走する参加者の一団の写真
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パラリンピック関連で『KBS京都ラジオ「Let's RUN」』 の取材を受けました。
放送日が決まったら書きましょう!
パラリンピックの視覚障害マラソンには日本から3名の選手が出場します。
高橋選手、加治佐選手、新野選手の3名。
高橋選手は前回のアテネで金メダルを取って一躍有名になった選手です。
他の二名は初めてのパラリンピック出場。
今回はb1、b2がコンバインドされて単一種目として大会が行われます。
と言う事はメダルはそれぞれ1つしかありません。
b2のクラスは伴走者がいなくても走れる選手を含みますから、当然伴走者がいなくても走れる選手が有利になります。
選手団は30日に成田から北京に向けて出発します。
マラソンは最終日の9月17日、7時30分スタート(現地時間)です。
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北京パラリンピック直前の8月15日(金曜)~17日(日曜)に長野県・
菅平で日本盲人マラソン協会主催の強化合宿が行われました。
筆者は初日と2日目の2日間参加してきました。
菅平は初めて行きましたが、ボルダーのような(行ったことはありませんが(笑)) 町全体がスポーツに満ち溢れているような若々しい町です。
合宿のメイン会場は「菅平高原スポーツランド」の陸上競技場。
全国から高校生や社会人のアスリートが集まり、思い思いにいろいろの練習を行っている。
トラックを使ってリレーのバトンパスの練習、砲丸投げの練習、ハイジャンプ・・・・
それぞれが相手の隙間を譲り合っての練習で見ていて自分もアスリートになった気分!!
【写真上】競 技場から菅平高原の山並みを望む(手前の山麓は一面高原野菜の畑)
【写真中】陸上競技場の入口(菅平高原スポーツランドの看板がある)
【写真下】トラックを使っているアスリートの間を縫ってタイムトライアルをするJBMA強化合宿の選手たち
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だいぶ前の報告ですが、8月4日(月曜)にパラリンピック日本選手団の結団式が
「ホテル日航東京」で行われ、筆者も関係団体の一員として出席してきました。
会場に着いてまず気がついたことは車いす選手の多さだった(目立つからだろう?)。
下り坂のスロープなどは前輪を上げて前にずり落ちないようにし、颯爽と車いすを操作する姿は、さすがパラリンピック選手!
と見とれてしまった。
彼らを見ていると障害を持っている事など忘れさせてくれる。車いすは単なる移動手段、靴やサンダルの延長なのかと思ってしまった。
結団式は舛添要一 (ますぞえ よういち)厚生労働大臣も臨席されて盛大に行われた。
次の壮行会には福田首相も出席され、選手団の各テーブルを回って激励されていました。
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2008年7月19、20,21日の3連休に毎年茨城県つくば市で「東京視覚障害者ランニングクラブ」の合宿が行われていますが、 今年も例年通り開催!!

2日目は午前中は公園でそれぞれは軽く柔軟運動から始まります。
午後は恒例の「つくば技術大学」での体力測定。
文部科学省の統一した測定項目で以前から継続して測定しているもの。
しかし、測定項目のうちにある「反復横とび」
などは視覚障がい者にとって一番測りにくい項目である。
いろいろの手段を試したが、前にガイド役が手を持って介助して行う方法に落ち着いている。
正確には横の線を越えない場合もあるが、それはやむなし!
一般測定が終わってから「20メートル・シャトルラン」がある。
毎年、みなが熱中する項目だが、筆者は最近お世話だけに専念して測定から遠ざかっていたが、担当の先生の
「最近データーが上がってきていませんね!」の一言で「シャトルラン」に参加することになった。
結果は53回で年齢の半分もできれば良いや! と思っていたのだが、大健闘だった。
【写真:上】体育館で準備体操をする参加者たち。
【写真:中】介助の人と一緒に反復横とびをする参加者。
【写真:下】シャトルランで折り返す筆者(ランパンになって真剣なスタイル)。
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2008年7月19、20,21日の3連休に毎年茨城県つくば市で「東京視覚障害者ランニングクラブ」の合宿が行われていますが、 今年も例年通り開催!!
移動の疲れもあるので初日は軽く自主練習。
遠くは東北、関西、北陸、九州からも参加があり、皆さん楽しみにしている様子が良く判ります。
今年は幹事役を代わってもらったので少しは気が楽に参加することができました。
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今日は明け方から激しい雨。
萩往還で骨折した肋骨もだいぶ楽になったので少しは走ろうと思っていたのだが、この雨で気遅れ(笑)
それなら、近所のトレーニングセンターに行こうと思って数カ月ぶりにトレーニングを目的に行ってきた。
じつは、骨折以来サウナが目的になってしまった(冷汗)
何時のパターンは、まずトレッドミルでウォーキングから入る。
(ほとんどそれで終わっているのだが)
春先からウォーキングの講習を受講しているので、受講後初めてのトレッドミル利用。
改めて足の置き方、足の方向、着地などを意識しながらのウォーミングアップだった。
はじめに3キロ/時間ほどの超スローで歩きだして、だんだんスピードを上げていく。
最後は8キロ/時間を超えるほどで終わったのだが、着地を意識していたのが効いたのか、意外とスムースに終わることができた。
そのあとはステップで10分ほど汗を流してサウナに消えたトレーニングだった。
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萩で転倒、肋骨骨折で通院中だが、昨日久しぶりに診断。
レントゲンの結果骨折は2本だそうです(笑)
道理で治りが悪いはず。
走っても良いよ! とのお墨付きは出たが、まだ振動は肋骨に響きます。
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介助方など基本的な事を話しているうちに、本当に言いたい事を忘れてしまった。
介助と言うのは難しい事ではない。
あいてのかたが「やってほしい事」をお手伝いするだけだ。
ともすると「やってあげるのがボランティア!!」と錯覚して何でもやってあげようとするボランティアさんも時折見かけます。
やっと伴走の実際を知ってもらうために模範演技??をする。
みんなの前で歩く時の手の振りを合わせる方法、走る時の手の振りなどについて実演する。
次に実際にアイマスクを付けて介助体験と伴走ロープを使っての伴走体験をしてもらいました。
ほとんどの人がアイマスクを付けた体験者が段差を超す時に足元をじっと見ているだけの人が多かったです(笑)
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2008年4月20日
茨城県・土浦市で「第18回かすみがうらマラソン(国際盲人マラソンかすみがうら大会)」が開かれました。
私は盲人受付と伴走者として例年参加しています。
今年も10マイルの選手の伴走者として大会に参加しました。
受付を終わっていよいよスタートです。
写真はフルマラソンのスタート風景ですが、私は10マイルなのでこの20分前(9時40分)にスタートしました。
盲人の部には右側が確保されていて、最前列から並ぶことができますが、 一般ランナーに周知徹底が出来ていないようで、後ろから抜かれまくりました。これが結構怖かったです。
相手のかたも練習不足とかで、3時間かかるよ! と言われていましたが、結構いいペースで走っていましたね。
結果は2時間は切れませんでしたが、2時間02分でフィニッシュできました。
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2008年4月20日
茨城県・土浦市で「第18回かすみがうらマラソン(国際盲人マラソンかすみがうら大会)」が開かれました。
私は盲人受付と伴走者として例年参加しています。
今年も10マイルの選手の伴走者として大会に参加しました。
受付業務は結構忙しいです。
全国から集まる視覚障がい者ランナーとの対応、同窓会みたいな雰囲気です。
私が伴走する人は群馬県のかたで10マイルに参加します。
私は前週に大腿四頭筋の付け根を痛めてしまい、走れないままの参加です。
受付を早めに終わらせてもらって伴走する選手の待機しているテントに向かいます。
すこしはウォーミングアップをしなくては! と 野球場中を歩いたのだが、今年は20000人を超える参加者と言う事で、
ウォーミングアップ場もごった返していてとても伴走で走ることは難しい。
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だいぶご無沙汰しました。申し訳ありません。
この1年間、助成金を頂戴して活動していた伴走教室の事業完了報告書をやっと提出していきました。
締切は4月10日なので、まだ余裕がありました。
他の団体はまだまだ提出が少ないようで、「早いほうですよ!!」と言われてホットしています。
完了報告書は原本では厚さが15センチほどもあります。
ちょっとの間だけホットしますね。
教室は昨年度、17か所で開催。
参加人数は2000名弱です。
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今年の日本盲人マラソン協会主催、東京大会の開催日が決まりました。
CFJカップ 神宮外延ロードレース2008 兼 第26回JBMAマラソン東京大会
開催日:11月9日(日曜)
種目:10キロロードレース 3000メートル ウォーク5キロ=======
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「NHK 視覚障害者のみなさんへ」
(ラジオ第二放送)2008年3月9日放送(3月16日再放送)に出演しました。
2月23日に渋谷のNHKで収録。
インタビュアーはアテネパラリンピック視覚障害マラソンB1で4位の「福原良英さん」
日本盲人マラソン協会理事と言う立場での出演でしたが、伴走者としてどう考えているかを話すチャンスをいただきました。
いつも言っている事は「見えていたら、こういう走りをするだろうな!」に近づけてあげたい。
今回も、直前に行われた東京マラソンで初めてフルマラソンにチャレンジするランナーの伴走者として参加した体験を話すことができました。
この伴走の様子は、某フジテレビの3月18日朝に「特ダネ」で克明に放送されたので見ていただいた人も多かったと思います。
放送を聞いた人から伴走メーリングリスト、個人メールでたくさんの感想をいただきましたが、多かったのが「この先前が空いています、
安全です!」を隣の視覚障がい者ランナーに伝える事でした。
ある人は「こうした心遣いがほしかった」と言ってくれました。
16日に再放送が終わったので番組のサイトで聞くことができます。
http://www.nhk.or.jp/fukushi/shikaku/
ps
最近3団体の5つのジョブをこなしています。
まだしばらく超多忙でブログ更新がおろそかになりますが、ご了承ください。
【写真】NHKの録音スタジオでインタビュアーの福原さんと記念写真。後ろには調整卓のボリュームなどが一面に並んでいます。 放送部出身の筆者としては気になる場所です(笑)
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3月23日の「第19回 視覚障害者健康マラソンとうきょう大会」
プログラムをやっと出稿した。
今年は参加選手が多いので、ページレイアウトに苦労した。
メールと郵送下原稿を送り、後は印刷を待つばかり。
明日からの富山県で行う伴走教室にやっと間に合った。
これから教室の準備に入ります。
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17日(日)は東京がマラソン一色に染まった日。
前々日の受付ボランティアに続き、17日は伴走者として参加してきた。
走る選手はWさんと言う女性ランナー。
今回の東京マラソンが初マラソンに挑戦することになる。
20キロ通過。
ハーフ通過。
銀座を右折、続いて数寄屋橋を通過するころは知り合いが多数応援して下さる。
銀座通りに入ったころから私設エイドが多数出ている。
エイドと言うよりも、応援の皆さんが手渡し・トレイなどにアメ、チョコなど工夫して選手に渡して下さっている。
W選手も何回もお世話になって元気を取り戻す。
ただ、伴走者の私が左の歩道側なので私設エイドの皆さんとの会話がチョット遠いのが残念。
雷門(約28キロ)
少し手前からテレビ局の女性カメラマンが走って撮影。
走路も狭く、応援も多いのでメチャ緊張するが、伴走者の能力発揮する場所だろう。
浅草寺、沿道の観客、取材陣など安全を確保しながら精一杯説明する。
浅草橋(約30キロ)
Wさんのご両親が応援に来て下さっている、差し入れも十分。
私も頂戴して残りの12キロに挑戦するWさんと一緒に再スタート。
銀座通り、車道をランナーが埋め尽くしている風景は壮観だ。
途中の歌舞伎座で知り合いが応援して下さっている、会えてよかった。
佃大橋手前(約36キロ)でW選手が辛そう!
ストレッチをすると言う、応援ボランティアさんが走路左側で行列で応援して下さっているのでこの付近は中央線付近を走っていた、
センターラインの柵を手がかりにしてもらおうと思った、
後ろか来るランナーのガード役にはセンターラインの係員にお願いしたいと依頼してその陰でストレッチをしてもらい、
私とボランティアさんがランナーのガード役になる。
そのボランティアさんは私の事を知っているようで話しかけてきた、ボランティアをするのが楽しい! と。
佃大橋を渡り切ると後は5キロほど、もう少しでフィニッシュ。
しかし、この付近からW選手が今までは躓かなかったような小さな凹凸に躓くようになる。
疲れた時の伴走者は切り替えなくてはいけない。
さらに慎重にガイドするのだが、伴走者の私も疲れきっているので細かなところまで気がつかないことが出てくる。
車道の轍掘りは色の識別も難しい、直前になってあわてて「凹み!」を伝える事が多くなる。
W選手には申し訳ないことです。
40キロ付近で最後の取材、撮影者がカメラ片手に我々の前方を走る。
しかし、この付近は歩いている人が多くて、抜くだけでも相当な苦労。
給水所などの付近では接触、転倒の予防のため腕を抱えるようなフォームで走る。
きっと走りにくかっただろう、ごめんなさい。
この付近で撮影してくれた画像が本日の「特ダネ!」で何度も採用された。
カメラマンが伴走を理解してくれている。
取材の時に何度も言っていた「見えていたら出来る走りをしてもらいたい!!」を表現してくれている!
最後の直線200メートル、もしかしてグロスで6時間を切れるかな?
W選手もそれを意識している。
「頑張ってみようか?」 頑張った。
私が「頑張る」を言ったのはこのゴール直前の一度だけだった!
結果はグロスで5時間58分56秒!
【写真上】ゴール後に一緒に走ってくれたW選手と記念写真(選手のお顔とナンバーカードはシークレット処理しています)
【写真下】私が持った装備です、一口洋館7個、アミノバイタル10個ほど、飴とお金など(他にICレコーダー、ワイヤレスマイク、
携帯電話など
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15日に東京マラソンの受付ボランティアリーダーとして参加してきました。
大会は17日(日曜)です。
朝8時集合なのですが、早めの7時30分ごろ到着。
すでに知り合いのボランティア仲間が数人待機している。
8時30分に一般ボランティアさんが集合。
必要な注意事項を聞いて各般に分かれる。
私の担当は4名の男性と6名の女性の10人担当ですが、受け付け用のナンバーカードが150枚入りの箱が20箱ある。
11人で3000人の受付をするわけだ。
1
0時の会場とともに選手が入ってくるが平日のためにそれほど混雑するわけではない。
われわれの業務は受付表を持ってくる選手の緊急連絡先、署名の未記入チェック。
本人であることを公式の身分証明書で確認する。
ナンバーカード、荷物移送用のバック、スポンサーからの提供物などを渡して注意事項を10項目ほど説明して、
最後に参加賞のTシャツ渡しの場所に行くように誘導するのが仕事。
簡単なようだが、受付表の未記入が以外と多い!
そのつど記入を依頼して再度受付を行う。
1
2時間の間にほとんど休憩も取れなかったが、昨年に比べればまだ良い。
今日は最後の受付日。
まだ半数しか受付が完了していないようなので、今日は戦争になるかな? 今日の担当者は大変だ。
【写真1】受付風景(受付表を提出して確認を受ける参加選手の写真)
【写真2】受付の最後にあるTシャツ受け渡しの風景(各サイズごとに分かれている)
【写真3】受付会場の隣にある東京マラソンEXSPOの風景(スポーツショップなどのブースが並んでいる)
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東京都教育委員会は、視覚・聴覚障害者等の方々が日常生活を豊かにし、
教養を高めるため
の機会として、「視覚・聴覚障害者等教養講座」を実施します。テーマに興味のある方はお気
軽にご参加ください。
当日は、点字資料、手話通訳、要約筆記がつきます。
マラソンの魅力!~ランナー、ボランティア大いに語る
来る2月17日(日)は、オリンピック招致めざして、東京マラソン2008が開催されます。
本講座では、東京マラソン連携事業として、マラソンをこよなく愛するランナー、ボランティアの
方が一堂に会し、ご自分の体験をもとにマラソンの魅力をお話くださる機会を用意しました。
マラソンは見るものだと思っている方、走らなければ面白さはわからないと思っている方、頑張っ
ている方のお話を聞きたいと思っている方、どなたでもいらしてください。
ご一緒に、マラソンの魅力、人と走ることの楽しさを味わいましよう!
コーディネーター
宇佐美彰郎さん 東海大学体育学部教授 NPO法人日本スポーツボランティア・
アソシエーション(NSVA)代表
パネラー
高橋 勇市さん アテネパラリンピック
「マラソン」金メダリストアトミクラブ所属
山中 孝一郎さん 日立システムエンジニアリング勤務、 アトミクラブ所属
鈴木 邦雄さん NPO法人日本スポーツボランティア・
アソシエーション理事
盲人ランナーの伴走者として25年のキャリア
日時 平成20年2月16日(土)13:30~16:00
※12:45から受付を開始します。
会場 東京都立文京盲学校 会議室(詳細は裏面の案内図をご覧下さい。)
文京区後楽1-7-6 電話 03-3811-5714
対象・定員 主に都内在住・在勤の視覚障害者・聴覚障害者等60名
※健常者の方もご参加いただけます。
申込方法事前申込不要、当日会場へおいでください。
参加費無料
問い合わせ先
〈講座の内容・会場について〉
東京都教育庁社会教育課(土曜・日曜・祝日は除く)
電話03-5320-6857 ファクシミリ03-5388-1734
主催 東京都教育委員会
画像
【パンフレット画像(東京都教育委員会のイベントページにリンクしています)】
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22日の午後から神宮外苑の絵画館付近で行われている「神宮外苑視覚障害者伴走ボランティア、救急救命技術講習・体験会」 で伴走教室を行います。
主催は「24時間走チームJAPAN」、後援は「新宿区教育委員会」。
これから出かけます。
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11月23日
フィニッシュ地点に戻る。。
一般の部男子の1位選手がフィニッシュ、そのうちに一般女子の1位がフィニッシュ。
盲人マラソン選手権の部はなかなか選手が現れない。
そのうちに高橋選手が伴走者の川島氏と一緒に走ってきた。
予定タイムより少し遅いようだが堂々の1位でフィニッシュした。
(タイム:2時間45分51秒)
そのうちにB2の加治佐選手がフィニッシュ。
写真 (上):1位の高橋選手のフィニッシュシーン(伴走者の川島氏と)
写真(中):2位の加治佐選手と伴走者(ゴール後伴走者が時計を見てタイムを気にしている)
写真(下):3位でフィニッシュした新野選手(伴走者にもたれかかって疲れ果てた様)
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